2005 6/29(水) 雨音が目覚ましだった。明日はいよいよ退院

花

1ケ月の入院だった。すごい日数だ、よくここで過ごし切った。ニュースでは猛暑で記録が出たという昨日も私は快適な病室の中で他人事だったけど、いよいよ明日からは暑い夏の中に突入!だ。
 治療するには手おくれ状態の肺の繊維化があるため、そして治ることも無理だとされていて今後悪化する可能性は大きいので私は酸素補給機というパートナーを従えて退院する。携帯用というが2㌔もあるボンベの入ったキャリーで、からからと引いて歩く。本当は鼻の穴に二股の管を差し込み酸素を吸いながら歩くのだ。
自宅にも海外旅行のスーツケース大の酸素マシーンを設置する。自宅で酸素を補給するため。昨日業者さんが説明に現物を持ってやって来た時は冗談かと思うくらい大きかった。部屋が狭いのにこんなに大きいものをどかんと置くのか。自業自得??仕方ないしやむおえないのだ。マシーンはともかく携帯用のボンベは重く筋肉が壊れていく病気の私はに力が弱いからこれを担いで階段を昇ったり買い物に行って荷物を持つ事とか考えると腹立たしくもなった。なんて考えられずに作られているのだろう?健常者基準に作られたとしても相当の重さだだと思う。この病気になってから少しだが私の身体も所々不自由な部分ができた。力のない足で昇る階段は必死でひどい呼吸困難に陥ったりする。和式のトイレは、しゃがむと立ち上がるのが難しいから洋式を探す。「バリアフリーの必要さや障害者への理解」私だって以前はたいした事に感じていなかったし知ろうともしなかった。早足で歩いたり走ったりジャンプ!したりかがんだり。重いものだって「結構力持ちでしょ」って自慢だったり。今はそういう事がすごく特別な事に見える。目の前で人がぴょんぴょんと階段を降りてったりさっとしゃがんで下の物をとったりする動作にびっくりする「すごい」と一瞬感じでもそれが以前は当たり前で普通の事だと思い出す。
 幸い今の所自己管理さえ怠らなければ携帯酸素ボンベを必ず連れて歩く必要ない程度にいる。このままそういうことにならないでいられるように維持していかなくっちゃ。「もっと早くに治療をしていたら」ちょっと思うけどはてどうなんだろう?負け惜しみではなく大きな悔やみは全くない。これから先そう思うだろうかもわからない。でも少なくとも人生が延びたのだからしっかりと行きたい生きたいと思う。これから変わっていく事に柔軟であれ

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